プロフィール

超簡単なプロフィール

名前
小松 晋一朗
勤務先
(株)シャルーン代表取締役
Facebook
https://www.facebook.com/sin16.koma2
Twitter
https://twitter.com/koma2

簡単な自己紹介

UNIXとの出会いは、1994年に東京大学でUNIXワークステーションに触れた時。今年でついにUNIX歴20年になりました。

この20年の間に、

  • 大学院の研究室のサーバ管理
  • FreeBSD portsのメンテナ
  • Linuxディストリビューションの開発
  • 社内サーバエンジニア
  • Webサーバエンジニア
  • Web開発

など、様々なことをやって来ましたが、「道具としてのUNIX(Linux)」をずーーーっと使い続けて来ています(メインマシンはMacbook Proですが、ターミナル操作ばかりするので、初めて会う人には大抵引かれますwww)

また、教育歴も長く、

  • 東京大学理学部数学科で、Linuxやネットワークなどを教えるティーチングアシスタント

    → 大学4年から博士課程満期退学までやっていたので、8年やってたことになります…

  • 某ゲーム系専門学校で、サーバサイドプログラミングの講師

    → 今年で3年目です。学校名をWebに出すとマズイみたいなので、知りたい方は直接きいてみてください。

なんてことをやって来ました。

もっと長い自己紹介

大学教養課程時代(1994〜1995年)

1年の後期課程の時、大学のコンピュータ環境が一新されてUNIXワークステーションが導入される。この時初めてGUI(X Window System)というものを体験し、それまで使っていたMS-DOSとのあまりの違いに衝撃を受ける。同時に、インターネットを通じていろんな情報にアクセス出来ることや(と言っても当時はWebはほとんどなくてNetNewsだったけど)、電子メールで手軽にメッセージのやり取りが出来ることにも衝撃を受け、暇さえあれば端末の前にいる生活になっていた。

図書館の端末が満席の時、こっそりOPAC落としてtelnetでサーバにログインしてメールの確認てたのとか、懐しい思い出w

大学専門課程時代(1996〜1998年)

学科に専用の計算機室があって、そこは満席になることがなかったので、居場所w をそっちに移す。計算機室は「常連」の溜まり場になっていて、いろんな話をしたり情報交換が出来たのは良き思い出。

また、この頃自宅のPC(PC-9821 Ns)にFreeBSDを入れる。大学の課題用にCコンパイラとエディタとLaTeXが欲しかったのだが、すべてフリーで手に入り、かつ大学と同じ環境に出来るというのが理由。今と違ってまわりに同じことしてる人がいなかったので(Linux入れてる先輩がいたが)、かなり思い切ってやった覚えがある。

「計算数学」(1996年)

同じキャンパス内に移って来た理学部数学科に「計算数学」という講義(実習)があり、そこでネットワークやUNIX管理者の勉強が出来ると聞いて他学部聴講する。実習の内容は、たしか古いSPARC StationにSunOS 4をインストールして、gcc、X Windows System、Emacsと言った環境を一通り揃えることだったような… 用意されたSPARCがとても古くて遅いもので(たしかsun4c)、gccのコンパイルに3日(この時のgccは3回コンパイルする必要があった)、X Window Systemのコンパイルに丸一日かかった覚えがある。

もうこういう話も通じる人はいないなぁ…

研究室のネットワーク・計算機資源管理 (1998年〜2004年)

大学院では理論物理系の研究室に入ったのだけど、主に数値計算をやっていた。で、学部からそのまま同じ大学院に行っているので、「UNIXの管理者が出来る人」という話も伝わっていて、研究室のサーバやネットワークの管理を任されることに。

最初はSunOS 4の乗ったSPARC互換機がメールやNFSのサーバをやっていたのだけど、徐々にFreeBSDに移行。FreeBSD 3.0をNFSサーバにするという、今から思えば暴挙としか言えないようなことをやってましたwww 最初は2週間に1回ぐらいrebootしてて、3.1、3.2とバージョンを上げるごとにrebootの感覚が延びていったような記憶が…

ちょうど研究室の入った頃、「DECからAlphaという安くてクソ速い計算機が出てる」という話があって、数値計算マシンとしてAlphaの導入を進める。お金のない研究室だったし、Digital UNIX触るのはタルイということで、OSはLinux/Alphaを使用。最初はRedHat/Alphaを使っていたのだけど、日本語環境揃えるのがタルイなぁと思ってたらKondara MNU/LinuxというディストリビューションがAlpha版を出して来て、ありがたく使わせていただいておりました。

オープンソース開発

研究室の計算機環境はFreeBSD、Linuxといったオープンソースもので揃えたのだが、世間一般からしたら特殊な環境だったため、かなりいろいろ手を入れる必要があった。上流の新しいバージョンが出るたびに手元の環境を合わせる手間が馬鹿らしくなって、「それならいっそ開発元に反映してもらった方が早いのでは?」と思ってオープンソースの開発に参加。

関わった主なプロジェクト:

  • Kondara MNU/Linux Sparc版

    → 研究室で使ってたSPARC互換機を復活させるべく手を出すも、インストーラ(Anaconda)の移植で頓挫…

  • Momonga Linux

    → AlphaでKondaraを使ってた流れで当初はAlpha版の作成を目指していたが、これまた途中で頓挫…

    その後、Alphaよりもx86の方が費用対効果が高くなったため、ふつーにx86の開発に移行

  • FreeBSD

    → 研究室の数値計算マシン以外はすべてFreeBSDだったのだが、日本語環境の整備がLinuxに比べて遅れていたため、主に日本語環境に関するportsのメンテナンスをしていた。

    また、一時期portupgradeのメンテナンスもやっていた。

「計算数学」(1997年〜2005年)

院生になってからは、学部時代にお世話になった「計算数学」にTA(Teachig Assistant)として参加。実習で学生の面倒を見たりしてました。この実習はTAの数も多く、また毎年1人2人は面白い学生がいたりして、ここも面白い「溜まり場」でした。

大学院最後の1年は、元いた研究室に所属は残しつつ、物理の研究は一切やめて、計算機室の奥でオープンソースの開発やってましたw

某SIer時代

社内ネットワーク構築・管理・運用

社内サーバ・ネットワークの運用管理責任者。入社当時、社内のサーバ類はすべて3〜5年以上前の機器で運用されていたため機器故障等の事故が絶えなかった(入社当時、メールサーバは週に1度以上停止していた)。そのため、既存サーバの運用保守と同時に、サーバ類のフルリプレースの計画を進め、2008年5月にフルリプレース。

ISMS(ISO27001)取得

2006年11月より、ISMS(ISO27001) の認証取得プロジェクト開始。副責任者として、プロジェクト推進に関わる。ユーザー向けのルールの策定、ユーザーサポート、社内サーバ等、下位レイヤーが主な担当。

2007年7月、認証取得。

某モバイルCMS運用会社時代

データセンター管理・運用

データセンターの200台近くのサーバを、2人で管理。サービスの内容は携帯向けWebサイト、メール配信サーバ。大規模サイト用に様々な対策(リソース監視、サーバリソース追加、負荷試験、パラメータチューニング、Apacheの改修等)を行なった。

また、サーバの台数が多いため、管理の効率化を追求。OSの新規インストールはkickstartにより半自動化。追加インストールのパッケージ類も独自にRPMを作成し、YUMリポジトリを作成して管理。

オープンソース、特にLinux distributionの開発をやっていた経験をフルに生かしていた時期。

セキュリティ対策、プライバシーマーク

2008年11月、個人情報漏洩事件が発生。

漏洩事件への反省から、セキュリティ強化プロジェクト発足。サーバのアクセス権限見直し、アカウント管理方法見直し、定期的に監査の実施等、ISMSでの経験を生かしてセキュリティを担保する仕組みを構築した。また、ほぼ同時期に「システム管理者」として社内のプライバシーマーク委員会に参加し、こっちでは人的セキュリティまで含めたセキュリティを担保する仕組みを構築した。

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